【記憶の彼方】川内町、大字、南方 ・・・

たおやかな川のせせらぎが、やわらかく街をふちどり、山間の優しい緑
の香りに、思わずそっと、包み込まれてしまいそうなそんな静かな田舎
の街道筋。
その長い歴史のつみ重なりのなかで、数え切れぬほどの人々の生活の
場所ともなりながら、それでもひっそりと息づいている、味わいと調和の
とれた古びた建物たち、深い木々のざわめき、そして鳥のさえずり・・・・

川内町、南方の小さな街の佇まいは、いつまでも私の心を捕らえて
やまなかった。
南方の家並みの名状しがたい美しさの根底には、”本物”だけが持ち
える確かな存在感といったものが感じられた。
それはこの場所に生き続ける人々の生活そのものの重みと、古いも
のを語り継ぎ守りぬいてゆく潔い意志といったものなのかもしれない。

毎日の気の遠くなるような繰り返しのなかで、ふと囁かれた人々
のつぶやきや子供達の無邪気な笑い声、あるいはどうしようもなく
こぼれ落ちてしまった大人達のため息すらが、
やがては街の気配となり・・・
森を彩る空気ともなってゆく・・・。

昔ながらの、下町の人情を生かしながら、お隣さん、お向かいさんとの連帯をはかりつつ、成熟した大人の知恵
でもって、淡々と紡ぎ出されている毎日の何気ない暮らしぶり・・・。

だからこそ、安心して、安心して小学生たちは、学校からの
帰り道、てくてくと、軒の低い建物がつらなるこの町の商店街を、楽しげに、
声高らかに、とりとめのない会話を重ねながら、親の待つ我が家の家路へ
と、ゆかいに足を運ばせることができているのだ。

こうして人々により紡ぎだされ育まれてきたいくつもの時間が、時間に重なり、幾重にも重なり合ってひとつ

の風土となってゆく。そしてその風土を受け入れ、勇気をもって向き合
い、これからも住み続けていこうとする村人の穏やかだけれど、強靱な
意志が 確かにそこには存在している。
”伝統”という言葉が頭をよぎる、あるいは”語り継いでゆく”ということ
を・・・・。

【はじめの一歩・・・】

ふと自身の生活の場である我が街に目を向けてみる。
様々な形態の色とりどりの建物たちが、それぞれの個性
を主張し合って雑然と立ち並んでいる。
戦後の自由主義・個の時代という名の下に、高度成長の
追い風のうねりに翻弄されて、次々と量産されていった
建物の数々。
それらは、個々の建主たちのプライベートな状況のみを

吸収しながら、その時々の建設業界のモードを反映させて、およそ調和(ハーモニー)といったことから
はほど遠い、街の連なりをつくり上げてしまった。
今、あらためてその街並みを眺めてみると、深いため息すらもれてしまう。
私達に出来ることはあるのだろうかと・・・

【7'S STORIESから7'S HARMONYへ】

昨年、企画と建築コーディネイトを担当させていただいた本町の賃貸
マンション・7'S STORIES プロジェクトを通じてさまざまな20代〜30代
半ばの若者達との交流の場をもつ機会に恵まれた。
はじめに、「新しいコミュニティーづくり」を目指すオーナーと建築家、
そして建設会社 さんの熱い想いがあった。
さらに、そこに入居された若者たちの、その後の生活の姿、生の肉

接することのなかで、企画側の我々が危惧していた住まい方の閉鎖的状況という心配はいともたやす声にく吹き飛
ばされてしまった。
それほどまでに、彼らはいきいきと、そしてお互い助け合い、わかち合いながら、しかも、そのことを軽快に楽しん
でいたのだった。

仕事の場においては、彼らひとりひとりも様々な社会的、
制度的なしがらみのなか、我慢・辛抱の毎日なのだろうが、
それを乗り切るだけの若さのパワーを充分に感じさせてい
ただいた。
状況さえ許せば、もっと言うと物件さえあれば、若い世代
の方々は共生、連帯というハーモニーを奏でてゆくハート

は充分にあるんだということを実感した。
本当に、住宅を提供する我々の側の責任は大きいと想う。
理想とする「住み良い街づくり」の為には、
意識をこそ変えてゆかないと、だめなのだ、
という自己反省しきり。
何よりも若者たちは、心から、みんなが手
と手をとり合える街並み、家並みを待ち望
んでいるのだから。

【そして 'S HARMONYへと・・・】